第1回 毒物屋稼業に従事して
私は30年以上にわたり、医療品、食品、農業、水産、酪農、日用品などに用いる新規の化学物質やこれまでに使用されてきた化学物質の毒性研究に没頭した毎日を送ってきましたが、長年毒物と接触していますと、毒に対する認識がまことにいびつになっていました。
わずかな量で死に至る青酸カリでも毎日使っていると怖いものという意識が少なくなり、少々手にくっついても死ぬような量でなければどうという事はないという習慣が、知らず知らず身についてしまうのですから、慣れとは恐ろしいものですね。
猛毒なものでもこんな調子ですから、触れても少し位食べても何の症状も生じないような化学物質に対してだと、毒物であることを前提とせず取り扱ってきました。私たち「毒物屋」ですらこういう状態でしたから、毒物に全く携わっていない一般の人たちでは、もっと化学物質の有害性については無頓着で、無防備ではないでしょうか?
これからの時代は今以上に合成化が進み、食料事情は野生から徹底した栽培、養殖化が奨励されるでしょう。その延長線上として完全な合成社会の到来でしょうか。化学物質は今や1000万種にも及ぶのではと言われるほど増え続けていますが、片や毒性研究はせいぜい10万種、つまり1〜2%程度しか行われていないのです。
ほとんどの化学物質の毒性はわかっていないのが現実です。しかも毒性調査は、体全体に関わる毒性や、皮膚とか眼など特異的な部位の試験、発癌性、遺伝性、繁殖性、奇形など、様々な試験があって、これらを1つ1つやっていると莫大な経費や手間がかかるのです。
でも、そうした試験をすべてしなければ化学物質の本当の毒性の実態が分からないのです。私は長年の毒物研究で何を得たかといえば、
1.全ての化学物質に毒性があると認識すべし
2.毒性の強弱で安全性をうんぬんすることなかれ
いつ、どんなキバを向けてくるかは全く予断が許されない。安全な化学物質などこの世の中にはないということをはっきり痛感させられると共に、大多数の人々が怖い化学物質はほんの一部でほとんどのものが少し体内に入ったとしてもすぐに浄化してしまうから問題ないと感じ、それ故、現代人は気軽にこの毒素を体内に投与し続けているのです。
わずかな量で死に至る青酸カリでも毎日使っていると怖いものという意識が少なくなり、少々手にくっついても死ぬような量でなければどうという事はないという習慣が、知らず知らず身についてしまうのですから、慣れとは恐ろしいものですね。
猛毒なものでもこんな調子ですから、触れても少し位食べても何の症状も生じないような化学物質に対してだと、毒物であることを前提とせず取り扱ってきました。私たち「毒物屋」ですらこういう状態でしたから、毒物に全く携わっていない一般の人たちでは、もっと化学物質の有害性については無頓着で、無防備ではないでしょうか?
これからの時代は今以上に合成化が進み、食料事情は野生から徹底した栽培、養殖化が奨励されるでしょう。その延長線上として完全な合成社会の到来でしょうか。化学物質は今や1000万種にも及ぶのではと言われるほど増え続けていますが、片や毒性研究はせいぜい10万種、つまり1〜2%程度しか行われていないのです。
ほとんどの化学物質の毒性はわかっていないのが現実です。しかも毒性調査は、体全体に関わる毒性や、皮膚とか眼など特異的な部位の試験、発癌性、遺伝性、繁殖性、奇形など、様々な試験があって、これらを1つ1つやっていると莫大な経費や手間がかかるのです。
でも、そうした試験をすべてしなければ化学物質の本当の毒性の実態が分からないのです。私は長年の毒物研究で何を得たかといえば、
1.全ての化学物質に毒性があると認識すべし
2.毒性の強弱で安全性をうんぬんすることなかれ
いつ、どんなキバを向けてくるかは全く予断が許されない。安全な化学物質などこの世の中にはないということをはっきり痛感させられると共に、大多数の人々が怖い化学物質はほんの一部でほとんどのものが少し体内に入ったとしてもすぐに浄化してしまうから問題ないと感じ、それ故、現代人は気軽にこの毒素を体内に投与し続けているのです。

